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夜が始まる

ハルサワ「夜が明けない」の外伝的なものを考えてました。


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つまんない。つまんない。つまんない。

久々に学校に来たけど、授業は死ぬほど退屈で、教師なんてろくなやつがいない。

クラスの連中も嫌われないよう、愛想よく立ち回ってるような、気に食わないやつばっかり。

急に出てきた私のこと、純粋に驚いたふりしてるけど、内心見下してるのは見え見えだ。

私と目が合うと苦笑いして逃げるけど、「こんな奴と話してたら、周りにどう思われることか」と、避けていることがすぐわかる。

なんで学校なんか来ちゃったんだろう。

「ユウコ、あんたもういいかげんにしなさいよ!学校も行かないでいつまでふらふらしてる気!?」

今朝もお母さんは典型的なヒステリーおばさんだった。こんな言葉にも慣れっこだけど、居心地が悪いので、とりあえず外に出る。

それだけならまだしも、何を間違ったか制服に着替えて鞄を手に取った。

お母さんはポカンとしてたけど、

「こんな時間から行って、何になるのか知らないけど、やめさせられないだけマシなんだからね」

ぶつくさ言っていた。

「おい、武田!いつまで無視してる気だ」

今度は教師が何か言ってきた。

私が気づいてもグズグズしてるのを見て、

「ようやく出てきて、やる気になったと思ったのに、お前は何しに来たんだ?」

ああ、どうしてこうなんだろ。

うんざりしていると、聞き覚えのある声がした。

「先生、武田さんはしばらく休んでて、今やってる内容はわからないんですよ。私が答えます」

エリカだった。

小さいころからしっかりしてるし、優しくて、生徒にも教師にも好かれる。

中学に入るまではよく話してたな。

「まあ、そうか。じゃあ、問3、答えてみろ」

「これはまず……」

エリカの答えも、すぐに耳に入らなくなった。

どこでこんな差がついたんだろう。

就業のチャイムが鳴るとすぐに学校を出た。

エリカは私のこと気にしてたみたいだけど、あんなとこには1秒もいたくない。

とはいえ、家にも居場所はない。どうしようか。喫茶店でも入るかな。

あてもなくぶらぶら歩いていると横から声がした。

「ねえ、ちょっと遊んでみない?」

昼間から制服でブラブラしてるとこういう変な男に声をかけられる。

でも、今のは女の声?

思わず声の主を探すが、誰もいない

「ここよ。ここ」

今度はしたから聞こえる。

見てみると黒猫だった。猫?



私は黒猫と喫茶店にいた。

押しに弱い私は言われるままついてきてしまった。

まあ、もとから喫茶店でぼーっとしてるつもりだったし。

黒猫は異様に落ち着いていた。

猫がいすに座ってるのに気づかない店も店だけど、この猫はどうかしてる。

言葉をしゃべってる時点でそうだけど。

「あんた、暇そうにしてたからさ。手伝ってくれないかと思って」

何の話だろう。

「学校で誰か、すごいなって思う人いない?」

すごいってなんだろう。興味もわかないな。

「…エリカ、とか…?」

つい口をついて出た。

「エリカ?どんな子?」

「いつもクラスのリーダーで、気も利くし、好かれてるなあ」

「ふーん。じゃあ、その子に決めた」

決まったらしい。

「何が?」

「ちょっとね。ちょっかい出したいの」

「なんでもいいけど」

結局話は見えなかった。

飽きると店を出た。



次の日、お母さんは何も言わなかったけど、どう見ても私を気にしていた。

いたたまれないから、制服で家を出る。

制服姿の私を見て、期待するそぶりもあったけど、どうせ裏切られたと思うんだろうな。

河川敷をあてもなく歩いた。

「エリカって面白い子ね」

昨日の声がした。黒猫だ。



「あんた…」

「今は生徒会長なんだって」

「すっごく優秀だし、みんなに慕われてる」

「本人が言わなくても、ほとんど周りが決めちゃったみたい」

聞きたくもない話だ。

「ふーん。よかったね」

大体、猫がそんなことどうやって聞いたんだ。

「で、本題なんだけど。副会長の小川って男の子といい感じ」

そうか、そうだよな。エリカだって。

「ちょっかいかけてみようかなあって」

「好きにすれば」

どうでもいい。






「ねえ、エリカちゃんは結局どうしてるの?」

お母さんが唐突に聞いてきた。結局って何だ。

「何が?」

「聞いてないの?副会長の子と付き合い始めたって」

「知らない」

「前はあんなに仲良かったのに…。あんた」

嫌になってさっさと家を出る。


嘘登校が癖になっていた。

もちろん、お母さんの朝が早いときは家でゴロゴロしてる。


「ねえ、ちょっと見てみない」

いつものように河川敷でぼーっとしてると、いつかの声がした。

「…。付き合ってるとか?」

「そうそう」

ぶらつくのも飽きたし、行くことにした。


エリカはあいかわらずいい子だった。

でも、なんだかぎこちない。

「エリカ、どうしたの?」

本人になんて言えない。

当たり前のように学校の中に入ってきた黒猫に聞いた。

「どうも上手くいってないみたいでねえ」

「へえ」

「放課後に面白いものが見れるわよ」

「面白いもの?」

答えはなかった。



放課後、黒猫についていくと、エリカがいた。人気のない廊下に男子と2人。

男子と話してる。

あれが小川か。いかにも優男って感じ。好きじゃない。

「いい加減機嫌直してよ」

エリカに人懐っこく言う。こういうのも嫌いだ。

「全然気にしてないって」

笑って言うが、そうでもなさそう。

「こんなの見せたかったの?」

うんざりして、黒猫を見る。

「ここからよ」










「あんた知ってるんでしょ」

エリカのことだ。お母さんのこういう言い方は嫌いだ。

さっさと家を出る。

「ユウコ!」


河川敷に行くと黒猫がいた。

「あんた何したの?」

黒猫は何も言わずに歩き出す。

イラッとしたけど、あとについていった。

少し歩くとエリカがいた。川をじっと見て動かない。

いつもの制服姿だけど、何か違う。

「!?」

しばらく後ろに突っ立っていると、さすがに気づかれた。

「ユウコ?」

「どうしたの?」

「…どうでもいいでしょ」

「どうでもって…」

「ユウコはいいよね。そうやって好きにして…」

「小川のこと?」

「…」

エリカは逃げ出した。

「あんた何したの?」

黒猫に詰問した。

黒猫は何も答えない。

かわりに口を歪めて笑った。

猫ってこんな顔するんだっけ。妙な寒気がした。








河川敷に行くとエリカがいた。

男とキスをしているように見える。ずいぶん長くなりそうだ。

相手は小川だろう。二人とも人相が変わっている。

いつの間にか足元に黒猫がいる。

「あんた…」

思わず大きな声が出る。

黒猫はにやりと笑う。

エリカも気づいたようで、私の方に笑ったように見えた。

エリカのあんな顔は見たことがない。

橋の下に小川を導いていく。

「どうしちゃったの…」

呆然としていると、黒猫がポツリと言った。

「これが堕ちるということよ」

夜が始まった。

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